ラーメンを食べに行こう!
〈21〉

 しかし、浅見の言葉は激しい雨に妨害され、小鳥には半分しか届いていなかった。

 浅見は声で説明するのを諦め、向こう側に走っていこうとしたが、その判断よりも小鳥の判断、そして行動のほうが早かった。

 小鳥は胸に鞄を抱えるようにして持つと、なんと――夕立の中に飛び出し、浅見のいる八百屋まで走り始めた。

「!」

 浅見の体が硬直した。小鳥の行動に驚かされたというのもあるが、それ以上に、小鳥の表情に浅見は惹きつけられた。

 小鳥は鞄を胸に抱きながら、顔を真っ直ぐと前に向けて走っていた。雨に負けたように俯くのではなく、毅然として前を向いていた。

 それは初めて見る表情ではなかった。見たことのある、浅見にとっては忘れられない表情だった。

 教室。委員長を決める話し合い。一瞬の沈黙の後にまっすぐに挙げられた彼女の腕。そのときの数秒だけ彼女の顔に浮かんでいた、力強い意志を宿した表情。

 浅見が初めて、小鳥を認識した瞬間の表情。

 浅見が初めて、小鳥のことを好きだと自覚した瞬間の表情。

 それが再び、浅見の目の前にあった。

 小鳥が雨の中を移動した時間は一分にも満たないはずだったが、浅見にはそれは永遠の動きのように思えた。

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