ラーメンを食べに行こう!
〈2〉

 それ以来、浅見は小鳥のことを気がついたら目で追っていたり、教室内での彼女の言動や評判などに目と耳の能力を総動員するようになった。

 数学の授業中、真剣な表情でノートにペンを走らせる小鳥。休み時間、友人たちと世間話に盛り上がる小鳥。体育の時間、息を切らしながら校庭の外周を走る体操着姿の小鳥。帰りのHR、号令をかけると同時に席を立つ委員長の小鳥。浅見は彼女に気付かれないように、出来る限り自然な素振りで小鳥のことを眺めていた。学校内で彼女がどんな表情をするか、どんなリアクションを返すかについて、自分ほど詳しい奴はいないだろうと浅見は自負していた。

 しかし、彼女のことを初めて認識した四月から、五ヶ月間もの情報収集を行ってきた浅見にとっても、その日の出来事は驚愕に値した。

 クラスメイトたちから「マイペース」「おっとりしている」「天然ボケ」と評されている高校二年生女子、新月小鳥。

 昼休みの教室の中で、彼女は椅子を吹き飛ばしかねない勢いで立ち上がり、教室中に響く音を立てて机を両手で叩き、目の前に座る友人に向かって大声で叫んだ。

「何言ってるんですか咲ちゃん!」その声は教室中に響き渡った。「阿呆なこと言ってると、はっ倒しますよ!」

 喧騒に包まれていたはずの教室全体が静まり返った。呼吸を止めた奴までいるんじゃないかと思われるほどの完璧な静寂。浅見に至っては、弁当のおかずを口に運ぶ動作の途中で石のように固まっていた。

「や、やだなあ、小鳥、そんな怒らないでよっ、ね?」椅子から立ち上がった小鳥に見下ろされている女子、早野咲は慌てて首を横に振って否定のジェスチャーをした。「冗談だよ、冗談。ね?」

 咲も浅見もその他生徒も、緊張した状態のまま小鳥の次の動きを待った。なにしろ温和なことで知られる委員長の小鳥が友人に向かって怒鳴り散らしたのだ。前代未聞の出来事に、誰もがどう反応していいものか咄嗟に判断できなかった。一体、何が原因であの新月小鳥があそこまで激昂したのか? 誰もがその謎に興味を持った。

「……なんだ、冗談ですか」

 当の本人の小鳥はといえば、そう呟くと、立ち上がったときとは逆に静かに椅子を引いて席に座りなおした。

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