おはよう、ございます、おはよう、ございます、こうしてきょうも、あなたに接触、ほんとうに言いたいことはまったく正しくないので、心の奥深くに隠して接触。墜落する思い出、何一つ自由にはならない。もうすこし器用に、美しく、精密に、そして自由に、そう、自由に、ふわらふわら、まるで柔軟に、形の無いもののように、水のように、絶えず変貌して、そしてその変貌を受け入れて、静かに、賢く、ああ、渇望するしかない、追憶の奥底で含み笑い。何一つ思い通りにはいかないのに日々はこんなにも平和なのだ。どうして。私はドアを開ける。そこには真っ白な住宅地が広がっている。きみが立ってる。二度と手の届かないきみだ。きみは最初から最後までわたしの心に映り込む幻なのだ。そんなことはとうにわかっていたのにどうしてこんなにもせつなく求めてしまうんだろう。雪が降っている。真っ白な藍川の土手でにっこりときみはわらう。視界いっぱいに笑顔。愛してる愛してる愛してる、だからなんだっていうのか。何一つ重要なことは無い。歩いている。柴犬。歩いている。どうしようもない。ここから二度と出られないというのならどうしようもない牢獄……うねる紺色の闇……形が変わる……見通せない。一寸先で落下。あるいは浮上。本艦は浮上。コンマ二十秒後に浮上。海面隆起。何も起こらない。いや。違う。そうじゃない。そうじゃないんだああああああああああああああどうして伝わらないの。どうして見つからないの。どうしてつかめないの。崩れ落ちていく……その先に虚ろな光。そう。実際は何も無い。わたしはドアを開ける。うねる闇が見える。それは藍色と紺色と夜中の憂鬱と夏の夜をじっとりと練り合わせた色をしている。わたしはドアを明ける。緑色の丘が見える。気持ちがすうっと落ちていく……さわさわとなる樹の、その、根っこ。薄青の空。美しい……幻影。自分の存在はもはやさだかでなく、わたしはドアを開ける。明ける。開ける。鍵が要るんだ。そんなこと今まですっかり忘れていたのに、思い出した瞬間ドア、開かない。真実を自覚することが幸福だとは限らない。そう。救済策は夢の中にしかない。夢の中へ……ドア、開かない。美しい。手を振る。きみに手を振る。ゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆらゆら手のひらが融けて広がっていく。どうかする。わたしはあなたであなたはきみできみはおまえでおまえはだれだ。柴犬。え? 違う。うん。あれ? どうしたの? 思い出せない。まるで波間。息を吸う。水が入る。とぷんとぷん。とぷん。吐いてしまう。からだのなかのものぜんぶ。どぼどぼと床に落ちてわたしは裏返る。結局足の指の先まで吐いてしまう。そうしてわたしは消える。さようなら……言いたかった。最後に一言。それくらいの時間は欲しかった。神様はそんな些細なことさえ許してくれなかった……誰も悪くない。そうだれもわるくない。悪くないのに……正しくも無い。だから罰を受けるのだ。わかった?わかった。ならもう消えなさい。さあさあおやすみなさい。ろうそくを吹き消してあげよう・・・・・・ソシテツキアカリ。月明かり。青白くすべてを染め上げる。モノクロームに近くなる。視界は幸福な青さでゆうらりと歪む。愛してる……ちがった……大嫌い。銀色の刃物を研ぎながらわたしはそれがだんだん白くなっていくのを眺めていた。そしてそれはだんだん赤くなるのだ。困ったことに。ほんとうに酷い。ほんとうに酷い。なんていう悲劇。なんていう喜劇。誰一人わからない。だれひとりたどり着けない場所なんてない。未開の土地は死に絶えた。それは外側には無い。わかるか。きみには聞こえるか。それはきみの内側にしかない。階段を降りろ。それは無限にも思える長さの下方に向かって永遠に発展しつづける環だ。それは永遠であるということにおいてウロボロスの血筋だ。永遠を越えて……その先を見ろ。いいか。濁った目を磨くのだ。輝くほどに澄み渡った………………………………子供の、赤ん坊、赤ん坊の、黒い、黒い、潤んだ、瞳。視線がわたしを貫く…………その先を見ろ。

text by HARUKA Kanata
2007/3/5
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